本当に環境に留意し、安全で経済的な小型車ができたら、それを生産するメーカーは、トヨタであれ、日産であれ、おおいに優遇していいと思う。
税制は既成のメーカーの利益を守るものであってはなるまい。
こうした措置は、メーカーがもっと多の人間にとって本当に利益になるものを作ったとき、それを推奨するうえでおこなったほうが合理的だ。
だいたい660ccという規格はもはやあまり意味を持たない。
もっとフリーハンドでものを考えたほうが理想的なクルマができやすいと思う。
日本人とその社会はまさにその好例で、少しも大人になっていない。
たとえばビジネスだ。
ビジネスというものは利益を得る行為だから、もちろんリスクがある。
このリスクを極力少なし、かつ、より多の利益を得るためにビジネスは努力するし、またそれがおもしろいのだと思う。
しかるにこの日本には、ビジネスに対してあまりにも°K制″が多、そのため、多のビジネスはある種の馴れ合い主義に陥ってしまっている。
日米交渉でもそこのところをつかれて、日本は大人の国として認められないだろう。
たとえば自動車の問題にしても自動車という製品は規制でがんじがらめだから、なかなか新しいアイディアが実用化されることがない。
もし、この自動車に関する規制がなったら、もっと多のヴェンチャービジネスが発達し、もっと自動車の技術もホットになるだろうと期待できる。
またへ自動車産業の経営者もリスクを恐れず冒険的になるだろう。
制約が必要な分野はある。
いわゆる環境や省エネルギーに関するルールである。
こういう社会的なルールは多の場合、経済と対立関係にある。
そのことこそ法律でやらなければダメである。
なにからなにまで法律で保護され、生活が守られているのは一見快適それにともなう責任、責務がない社会は、もっと不安がつのる。
日本の経済はこれから大変な時代を迎える可能性が高い。
その経済をより活性化するためには℃ゥ分のリスク≠ナことをおこなうという自由競争の基本概念がなければならない。
その規制をはずすということは、実は自分のまわりを取り巻いている見えざる保護のネットがはずされることだと知らなければなるまい。
ドイツは早から交通事故の減少に努力しその結果、死亡事故を劇的に減らすことに成功した。
自動車メーカー(メルセデスなど) の努力も大変なことなによりも官民一体の努力こそが、ドイツの事故減少の大きなパワーとなっている。
日本では、毎年1万人らいの人びとが交通事故で命を失う。
相当の数である。
このことは実は社会問題だ。
数年前、日本はシートベルトを義務づけたが、いまだにその装着率は低いという。
私も法によってシートベルト着用を強制することは少々問題があると思うが、シートベルトは安全のために不可欠と考えて、かならず着用するようにしている。
交通安全のためへどこか有力な団体がリーダーシップを発揮して国民的運動を広げないかと、私はいつも思っている。
その団体としては、警察は適切ではない。
マスコミでも、独自に安全実験をおこなってその結果を公表するというところが出てきてもいい。
要は交通安全を国民的な関心事にすることなのだ。
こういう運動はあまりエキサイティングでないので、おもしろくないが、きわめて重要なことである。
日本では交通安全を往々にして数字で競おうとするがもうやめにしたい。
交通安全週間に警察が取り締まりに躍起になるのは、その期間の事故がへその地域の警察の成績に響いてくるからだという。
交通事故問題はきわめて重要な問題である。
1万人という数字は死者だけのものだから、ケガ人も入れたら莫大な数になろう。
交通安全へ事故防止は実は日本のようなクルマ社会を持つ国にとってはきわめて重大な問題なのだ。
こいつを国民的な運動にまで高めたいものである。
リサイクル率は高いから、ほとんどの部品はなんらかのカタチで生き返ったり、別のものに生まれ変わったりするのだろう。
心である。
ドイツがこの間題にきわめて関心が高いからにはかならない。
いまや、かの地では環境は若者たちのファッションとすらなっているという。
すべての人が、環境問題を詳しい理解しているワケじゃないだろうが、大筋のところで環境の重要性を認識し皆で地球的問題を考えようとしているのだと思う。
長政権についてきたコール首相も、10年前はいまのようではなかったという。
グリーンパーティ(緑の党)は政府を激しく突きあげ、この間題の重要性を納得させた。
それからである。
コール政権はまるでグリーンパーティそのもののような政策をとり、国民も皆、関心を持つようになった。
自動車メーカーも生き残るために環境問題に前向きにならざるをえなかった。
ドイツの自動車界はこの環境と安全の問題に取り組んでいる。
だからBMWもメルセデスもどんどんその方向へ向かっている。
いまのところこの方向は正しいと認めないワケにはいかない。
それも国民的な合意があってこそのことだ。
こいつは単に商業的な目的でやれるものじゃない。
ドイツのリサイクルは商業ベースに乗らないこともやってしまう。
自動車のユーザーも、そのコストを払うことをいとわないコンセンサスができているのだ。
だろう。
なにせこの土地の高い日本で作ったのだから。
それがビジネスというものだ。
BMWはそいつをやった。
安して1台でも多売りたいにちがいないのに。
クルマを作り売ることは大きなシステムを必要としていくのだと思う。
そう考えると、かつて自動車がもっと単純に作られていた時代はほんとうによかった。
やれエアコンだのなんだのとアクセサリーをつけていることが、ことによると反社会的になる時代がるかもしれない。
その矛盾を人間の意志で、技術で解決しようではないか。
ある統計によると、昭和30年ごろから現在までに日本の道路につぎこまれた金は、総額100兆円を超えたという。
すごい金額である。
また、クルマや人間が直接、高速道路料金という金で、道路につぎこんだ金もパンパじゃないと思う。
この道路の整備というヤツは、とに都市の場合、それをおこなえばおこなうほど便利になり、その結果、人間が集中し、クルマが増え、ふたたび道路が混んでしまうという、イタチごっこになりやすい。
そろそろこのへんで、道路にコストをかけることと、他の交通、たとえば飛行機のようなものにコストをかけることのバランスを考えてもいいのではないか。
日本はなんでも経済中心の考え方だから航空会社も大きな100人乗り以上のジェット機を飛ばして大量に客を運ぶことを考えるが、実は10人、15人という飛行機で近距離を飛ぶほうが、より多の便利を生むのではないかと思う。
だいたい、東京から石川県の小松までジャンボ機を飛ばすほうがおかしいのである。
あの飛行機はそんな短い距離で使うにはあまりに高価である。
飛行機の整備はいろいろな社会的利益を生む。
道路の整備と同じである。
日本に小型旅客機の需要が増えれば、この産業に参入する企業はどんどん増えていと思う。
航空交通の整備は大きな資金を必要とするがこれをコンパクトにやれば、そのメリットははかり知れない。
新幹線はいいアイディアそれに次いで飛行機を考える。
そうして旅客や貨物の運搬を促進する。
セルフサーヴィス制はいい。
日本のガソリンスタンドの大きなお世話ともいうべきサーヴィスには、私もうんざりしている。
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